[曲目解説] グノーの音楽の多面性と「第二ミサ」について

(オーケストラ版初演 演奏会プログラムより)

シャルル・グノー(Charlet Gounod、1818年~93年)は、パリ国立音楽院に入学し、21歳のときにローマ大賞を得てローマに学び、若い頃より天才作曲家として認められた。ローマでは、オペラ以外についても深い関心を持ち、とりわけ宗教音楽について見識を深めた。グノーは、パレストリーナに感銘を受けるとともに、バッハに心酔し「私はパレストリーナとバッハと共に歩む。」と述べたという。

若いグノーの心は、リストと同様に、絶えず深い宗教的感情と、世俗的な愛の間を揺れ動いていた。この内面的な葛藤が、オペラと宗教音楽という相反する形で現れている。29歳から30歳にかけて、パリ外国宣教師会付属聖堂の指揮者兼オルガニストを務めながら、聖職に就くことを志し、聖シュルピス神学校で神学を学ぶが、結局自分は芸術抜きには生きられないことを悟り俗世間に戻り、34歳の頃からオペラの作曲に注力する。

グノーのオペラ公演は、当初失敗を重ねたが、ついに、宗教的な叙情性と劇的迫力を持つ傑作オペラ「ファウスト」が、大成功を収めたのは、グノーが41歳(1859年)の時であった。

「第二ミサ」の作曲の経緯については、聖職を強く志していた28歳の頃に、この曲の原型となるMissa brevisとO salutarisを作曲、その後36歳の頃に全曲をまとめたと伝えられるが、男声合唱とオルガンによる比較的小規模のミサ曲である。その旋律はシンプルで美しく、中世のミサの静謐さを彷彿とさせる。若きグノーの心の揺れを感じさせる箇所があるとともに、テクストの然るべき部分において、実直な信仰心の噴出がみられる。

グノーが作曲した代表的なミサ曲としては、日本のカトリック教会聖歌隊の重要なレパートリーでもある、「聖セシリアミサ」(1855年初演)がある(本邦初演:1972年10月、前田幸市郎指揮、東京合唱団、神奈川フィル)。「聖セシリアミサ」は、ソプラノ・テノール・バスの独唱に混声合唱と、フランス音楽の伝統に違わず、大規模なオーケストラを備えており、「第二ミサ」とは対照的な華やかさを有する。特にGloria冒頭のソプラノ・ソロは、ロマン派時代最高の宗教アリアの一つである。

本日演奏される「第二ミサ」 は、弦楽器とオルガンによるオーケストラ版の世界初演である。前田幸康氏の推薦により、ベルリン在住の気鋭の若手作曲家:番場俊之氏に委嘱された。

アカデミカコールは、主に、東京大学音楽部コールアカデミーのOBにより構成され、その多くが学生時代に前田幸市郎氏より指導を受けた。本日は、東京合唱団の男声有志とともに、この名曲のオーケストラ版初演に取り組む。

このオーケストラ版編曲においては、作曲者グノーの潜在意識の中にみあった「隠れた旋律」が、編曲者の優れた感性により「弦の動き」となって引き出されている。

「グノーの第二ミサ」は、男声合唱の世界ではAgnus Deiが有名であるが、全曲が演奏されることは少ない。その「知られざる名曲」が、一つの「進化」を遂げて男声合唱の新しいレパートリーとして披露される。

アカデミカコール:市木圭介

  • オーケストラ版初演:2001年9月2日/紀尾井ホール/東京合唱団演奏会
  • 委嘱初演団体:前田幸康指揮/アカデミカコール及び東京合唱団男声有志/東京ニューシティー管弦楽団
  • グノーの第二ミサ「オーケストラ版」は、2001年9月2日(初演日)にChorus Score Clubより発売されます。(コーラス・オーケストラ譜:2500円、パート譜:35000円)


編曲者 番場俊之氏 紹介

  • 1963 京都に生まれ、3歳の頃よりピアノを始める。
  • 1983-87 ニューヨークのマンハッタン音楽院で作曲とピアノを学ぶ。
  • 1987- ドイツのフライブルグ、カッセルを経て1995年よりベルリンに在住。
  • 1993 バイオリン・ソロのための「Odor of Time - Snow(時の香り - 雪)」が武満徹主催のMusic Today作曲コンクールで一位無しの二位受賞。
  • 1996 マグデブルグのテレマン協会より、テレマン生誕300年記念のために委嘱された、22ソロ弦楽器ののための「Wind」が、マグデブルグ州立歌劇場オーケストラにより初演。
  • その他、室内楽曲を中心に作曲活動を行い、ドイツをはじめ、ヨーロッパや日本で演奏される。


[編曲者寄稿] 「グノーの第二ミサのオーケストラ編曲に取り組んで」

番場 俊之

 この曲の楽譜を初めて目にした時、私には自然に弦楽器の音がイメージされ、その瞬間に、この曲の編曲のための楽器編成を弦楽オーケストラにすることに決定しました。この曲の持つ、静ひつで繊細なイメージをさらに引き立たせるために、弦楽器の持ち味が手助けになるであろうと判断したわけです。

 曲の要所によっては、原曲には書かれていないパッセージの追加や、隠されているであろう重要なメロディの表出等も検討しながらの編曲作業となりました。

 ただ、あまりにも原曲からかけ離れたメロディーを付け足したり、或いはオーケストラが雄弁すぎては曲の持つイメージそのものが変わってきてしまいますので、できるだけシンプルな方法で最大限の効果を導き出すことを主眼に作業をすすめました。

 さて、演奏者の役目とは、作曲者に忠実に演奏するという面ももちろんありますが、作曲者さえも意図しなかったこと、気がつかなかったことを楽譜から読み取り演奏することのほうが、私には意味のあることのように思われます。私はそれを、曲の進化という意味で大切な事であると受け取っています。

 そういう面から考えると、今回のこのオーケストラ版への編曲という企画は、今後この曲が演奏され聴く機会が増える事も予想されますし、それが作曲者以上にその作品を理解するためにも良い結果を招くのではないかと考えています。

 私は、すぐれた作品は、その作曲者の意図するしないに関わらず、常に進化し続ける物であると常々感じてきました。この編曲版が、多少なりともその手助けになることができれば幸いです。


ミサ対訳

MISSA ORDINARIUM

ミサ通常文

(1967年版「公会議による主日のミサ典礼書」による)


KYRIE

Kyrie eleison. (three times)
Christe eleison. (three times)
Kyrie eleison. (three times)


あわれみの讃歌

主よ、あわれみたまえ。   (3回くりかえす)
キリストよ、あわれみたまえ。 (3回くりかえす)
主よ、あわれみたまえ。   (3回くりかえす)


GLORIA

Gloria in excelsis deo.
Et in terra pax hominibus bonae voluntatis.
Laudamus te. Benedicimus te. Adoramus te. Glorificamus te.
Gratias agimus tibi propter magnam gloriam tuam.
Domine Deus, Rex caelestis, Deus Pater omnipotens,
Domine Fili unigenite, Jesu Christe.
Domine Deus, Agnus Dei, Filius Patris.
Qui tollis peccata mundi, miserere nobis.
Qui tollis peccata mundi, suscipe deprecationem nostram.
Qui sedes ad dexteram Patris, miserere nobis.
Quoniam tu solus sanctus. Tu solus Dominus. Tu solus Altissimus,
Jesu Christe.
Cum Sancto Spiritu in gloria Dei Patris. Amen.


栄光の讃歌

天のいと高きところには、神に栄光、
地には、善意の人に平和あれ。
われら主をほめ、主をたたえ、主をおがみ、主をあがめ
主の大いなる栄光のゆえに感謝したてまつる。
神なる主、天の王、全能の父なる神よ。
主なるおんひとり子、イェズス・キリストよ。
神なる主、神の小羊、父のみ子よ。
世の罪を除きたもう主よ、われらをあわれみたまえ。
世の罪を除きたもう主よ、われらの願いをききいれたまえ。
父の右に座したもう主よ、われらをあわれみたまえ。
主のみ聖なり、主のみ王なり、主のみいと高し、
イェズス・キリストよ。
聖霊とともに、父なる神の栄光のうちに。アーメン。


CREDO

Credo in unum Deum,
Patrem omnipotentem, factorem caeli et terrae,
visibilium omnium, et invisibilium.
Et in unum Dominum Jesum Christum, Filium Dei unigenitum.
Et ex Patre natum ante omnia saecula.
Deum de Deo, lumen de lumine, Deum verum de Deo vero.
Genitum, non factum, consubstantialem Patri:
per quem omnia facta sunt.
Qui propter nos homines, et propter nostram salutem,
descendit de caelis.
Et incarnatus est de Spiritu Sancto ex Maria Virgine:
Et homo factus est.
Crucifixus etiam pro nobis: sub Pontio Pilato
passus, et sepultus est.
Et resurrexit tertia die, saecundum Scripturas.
Et ascendit in caelum: sedet ad dexsteram Patris.
Et iterum venturus est cum gloria judicare vivos et mortuos:
cujus regni non erit finis.
Et in Spiritum Sanctum, Dominum et vivificantem:
qui ex Patre Filioque procedit.
Qui cum Patre et Filio simul adoratur, et conglorificatur:
qui locutus est per Prophetas.
Et unam sanctam catholicam et apostolicam Ecclesiam.
Confiteor unum baptisma in remissionem peccatorum.
Et exspecto resurrectionem mortuorum.
Et vitam venturi saeculi. Amen.


信仰宣言

われは信ず、唯一の神。
全能の父、天と地、
見ゆるもの、見えざるものすべての造り主を。
われは信ず、唯一の主、神のおんひとり子、イェズス・キリストを
主は、よろず世のさきに父より生れ、
神よりの神、光よりの光、まことの神よりのまことの神、
造られずして生まれ、父と一体なり、
すべては主によりて造られたり。
主は、われら人類のため、またわれらの救いのために、
天より下り
聖霊によりて、処女マリアよりおんからだをうけ、
人となりたまえり。
ポンシオ・ピラトの下にて、われらのために十字架につけられ、
苦しみをうけ、葬られたまえり。
聖書にありしごとく、三日目によみがえり、
天にのぼりて父の右に座したもう。
主は、栄光のうちに再び来たり、生ける人と死せる人とを裁きたもう
主の国は終わることなし。
われは信ず、主なる聖霊、生命の与えぬしを、
聖霊は、父と子よりいで、
父と子とともに拝みあがめられ、
また預言者によりて語りたまえり。
われは、一・聖・公・使徒継承の教会を信じ、
罪の許しのためなる唯一の洗礼をみとめ、
死者のよみがえりと、
来世の生命とを待ち望む。アーメン。


SANCTUS

Sanctus, Sanctus, Sanctus Dominus Deus Sabaoth.
Pleni sunt caeli et terra gloria tua.
Hosanna in excelsis.


感謝の讃歌

聖なるかな、聖なるかな、聖なるかな、万軍の神なる主。
主の栄光は天地にみつ。
天のいと高きところにホザンナ。


O SALUTARIS HOSTIA

O salutaris hostia, quae caeli pandis ostium.
Bella premunt hostilia, da robur, fer auxilium.


救済となる犠牲

おお、魂の救済のための犠牲よ、そは天国の門を開く
われらを苦しめる敵と闘い、われらに力を与え、
われらの援軍となりたまえ


AGNUS DEI

Agnus Dei, qui tollis peccata mundi: miserere nobis.
( repeat)
Agnus Dei, qui tollis peccata mundi: dona nobis pacem.


平和の讃歌

神の小羊、世の罪を除きたもう主よ、われらをあわれみたまえ。
(くりかえす)
神の小羊、世の罪を除きたもう主よ、われらに平安を与えたまえ。


楽譜 (Agnus Dei)